2021年05月01日

記事ストックがなくなった~犯〇者の波動~最近

タイトル通りです。

ネタはあるんですけど、

ノートPCに向かう元気がない。

なので放置になってしまうかもしれません<(_ _)>



春分前、地獄の痛みを感じていた旨

記事にしました。

回復したあとyoutube見始めたら

私がたまに見てる一月万冊氏も

ちょうど同じ頃に痛風の発作が出て

ロキソがぶ飲みしていたそうです。

あと鬱で療養中に知人は

何故か腰痛が急に出て寝返りも辛くて

起き上がれない状態になっていました。

うーむ。。。

ここまでヒドい方は中々見かけませんが

何かしら宇宙エネルギーが来ていたのは

事実みたいですね。

人類全部に降り注いでいると思いますが

宇宙波にも種類がいろいろあって

種類によって激しい反応を示す人間タイプと

余り影響がないタイプもあるっぽい。。。


(追記:

毎日アニメのレビュー更新されている

Vtuberの方もちょうど四月下旬に

口内に口内炎が出来まくって

食事がとれないと仰ってました…。

絶対何か来てましたね)



私は肉体を持って生活していますので

バイオリズムwww.palm-c.com/cgibin/bio/bio2.cgi

頭痛ーる、などを割と参考にしています。

参考にしていますが

悟りの領域に達してからというもの

バイオリズムが余り役に立たなくなって

「そっかぁ…」という感じです。

頭痛ーるはまだまあまあ当たっています。



そういえば、少し前

起きてTVでyoutube付けたら、

廃墟散策してるライブがやっていました。

私は廃墟大好き!

見たことのない廃墟探索配信者でしたが

嬉々として見始めました。

そしたら

数分もしないうちに急激な眠気に襲われ

ソファーで居眠り。

え?起きたばっかなんですけど?

コーヒー淹れて飲んだのにまた居眠り。

「????」

つまんないわけじゃなかったんですよ。

仕方ないからアーカブ残すって言ってるし

布団に入って寝ました。


『何か進化変容来てたのかなぁ…』

って思いますよね。

廃墟探索配信者は

高次元には一切見えなかったけど

明らかに 強制終了 でした。



寝て起きてyoutube達人な下の兄弟に

『今、暇?

この廃墟探索アーカイブ

今から一緒に見ない?(^^♪』

とメールしたんです。

一緒に住んでいませんので

動画を一緒に見ながらメールし合おうよ!と。


配信者に詳しい下の兄弟からの返信で

その配信者が犯罪者だと知らされました。



いやあのyoutube犯罪者は色々いますよね。

税金誤魔化した?と言われる青汁とか

ホリ〇モンとか。へずまとかもいますね。

てんちむ氏とかもスレッスレだし

野乃花氏も逮捕者出しちゃいましたし。

懲役太郎氏だって前科者です。

違うの。

彼らとは違うの。

そういうんじゃないの。


ガチ系。

いわばMホト系。

しかも何度もやって執行猶予中。。。

配信者が犯罪を犯したんじゃない。

犯罪者が配信してる。


え…


あの眠気、何だったんだろう?


☆ユニコ☆様のブログ読んだ時のような

高次元だから眠くなったんじゃないはず。

現象としては、よく似ていたけど。

明らかな意図を感じたので

守護天使に訊いてみました。


「廃墟動画見てたら寝ちゃったんだけど…

何だったのアレ」


『あなたの波動と合わな過ぎたので

それ以上その波動に触れていられなくて

肉体がシャットダウンしたのです』



「え?

波動が合わないとシャットダウンすんの?」


「というより、

後日、配信者の犯罪歴を見て

あなたが嫌な思いをするだろうと思った、

ハイアーが見せないようにした感じです」



「え……そういうのアリなの???」


「アリです。あなたは自我を手放したので。

あなたが見てるものはハイアーセルフも

全く隔てなく一緒に見ています。

なのでハイアーが見せたくないと思えば

シャットダウンする場合もありますし

あなたがもう☆ユニコ☆さんの記事では

眠くならないのと同じ理由で

全く相容れない波動に対して

エネルギーが交わらないよう

意識を閉じてしまう場合もあります。

あなたは宇宙の叡智とも繋がっており

無意識でその叡智から情報を受け取っています。

宇宙はその配信者を知っていますので

あなた好みでないことも分かります。

また、私達も見て欲しくなかったので

全員一致でシャットダウンしました」




…………。



結構、ビックリでした。

こんな干渉あんのか!!っていう。

今までどんだけ低次元な動画だの

ブログ記事だの見ていたけど

こんなことありませんでした。

やっぱライブだとエネルギー違うのかな。

あと人物が映る動画だと

ダーク系ブログ記事などよりも

ダイレクトなんでしょうね…。


実際、初め数分楽しく観ていただけで

犯罪歴聞いたら気分悪くなりました。

見るに堪えない汚物見てたんですから。

全部楽しんで観た後聞かされてたら

相当不快になってたと思います。

その後そいつタイーホされたようで。

良かったぁ



こんなこともあるんか。。。



こんな勘違いしねーよとは思いますが…


家で動画見ていたからこその

シャットダウンですのでね。

道を歩いていたら犯罪者に会ったから

その波動を感じて急に失神する!

というようなことは

私の安全を気にかけてくれる高次元的に

絶対に有り得ません。。。




近況も少しだけ。

私の趣味なので

分からない人のが多そうですが。


記事ストックが無くなったのには

幾つか理由がありますが

最近ぶっちぎりで没頭してしまって…

今旭川で一番有名な凍死事件のやつです。

ほんっと胸糞で、つい昔の習性で

堀り堀りしちゃってたんですよね。

もうずっとやっちゃってました☆

といっても

今回の事件はBA〇祭り等は無いので

昔私のいた板は早々に飽きちゃってて

違う板覗いていました。

伊藤〇織さんやNGTの時とは違いました…。


こんなに私の中の【悪意】が

反応したの、アセンションしてからは

初めてなんじゃないかな。

とっても〇しかったです(不謹慎用語)

悪意に正義の理由を与えられる瞬間って

本当に〇〇…なんですよね。

でも、悟り前とは確実に違います。

悟り前は、

【悪意】はネガティブを伴い

(悪意だけではなく感情全てに

何かしらが伴って出てきて)

私の意思を支配するものでした。

今はネガはなくて、

その中から〇しみだけを抽出できます。

サイコちっく。

ですが、悟りに至って

感情と縁が切れると

できるようになります。

悪意を小さくすることも出来ます。


今回、人間社会の混然一体を見て

やはり何かを信じ込むことは危険だなー

と普通のことを答え合わせしました。


といいますのも

今回、事件を取り上げた雑誌名ですけど。

この人らさー、NGTまほほん事件の時

加害者を庇い、被害者叩きやったんや。

自分らのバイト記者を潜らせてたから

バレるのが嫌だったのでしょうネ…カ〇。

だからあんまり良い印象無かったんです。

でも、今回は全ての人間が見捨てていた

胸糞事件を白日の下にさらしました。


まるでリアル人狼(知らないゲームです)


一寸先は闇みたいな

悪、と信じていたものが

次の瞬間には違うものだったり

善と思っていたものが悪だったり。

同じ状態であることは有り得なくて

ほんっと

自分の判断は、感情移入を排して

常にフラットにしておかないと

いつの間にか付く側を間違えてしまうなぁと。

その瞬間は間違いでなかったとしても。


自分にとって不愉快なものだったとしても

他の場面では確かに間違いがあったとしても

次に言う言葉は正しいかもしれない。


でも人間は自分にとって快いものを信じ

一度正しい行いをしたのを見たら最後

ずっと【その対象】を盲信したりする。

盲信だから、その対象がポカをした時。

エクストリーム擁護をしてしまい

公平さからかけ離れてしまう人が

どれほど多いことか…。


私が陰謀論に与さないのも

それが理由なんですよね。

いえ、彼ら彼女らは

正しい発信、沢山ありますよ。

でも、トランプ陣営を全面盲信とか

キッツ過ぎて無理でした。

感情移入が激しすぎて。。。

しかも敗北後は興味失ったりするし。

(冷たい…)

私は

光のトランプ説を全く信じてませんが

ワンチャンその設定での未来仮説は

立てて見ていましたし

今もたまーにニュース検索してます。

今んとこ光の陣営説は仮説のままです。



陰謀論者やスピの人だけではなく

これは現代病、もしくは

過去からの負の遺産かも知れませんが

二つの相反した未確定情報を、

どちらも未確定として維持したまま

俯瞰して謙虚に眺める。


という思考が苦手な方が多そうです。

「これだァア!!」と思ったものに

全身で寄りかかって、

それを軸に思考してしまうというか。


スピなら、もーちょい

フラットで居て欲しいのですけど。

これがスピフォビアなら仕方ないけれど。


今はこんなこと言ってますが

わたくしもアセンション前は

全身全霊で寄り掛かり思考の人間

だったんですけどね!

なので、

己が偏ってる在り方であるとしても

感情を大切に生きるのはアリかも。

(日和見)

私、あんな偏った状態でも、

頑張って生きて肉体を離れたなら

そこでアセンションできたので。


posted by レンド at 00:08| Comment(4) | 守護天使 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月10日

宗教的規範などの捉え方~中国ドラマ、信仰=萌化

いつは記事公開するか分かりませんが

今現在守護天使の波動転写を受けた後で

帯状疱疹が二年ぶりに出てしまって

地獄の痛みを味わっています。

というかこれは本当に疱疹なのか…

医者的には

「ベーチェット病の皮膚症状では?」

って言われるんですけど

疑いだけで診断は出てないしな…。

でもメチャクチャ痛いのは同じです。

高次元に来ても体病むんですけど!?

とりあえず残ってたバルト飲んで

ロキソも飲んで少し収まっているので

気晴らしに記事でもと思って。


↑こんな感じでしたが

やっと推敲終わりましたので公開します。



最近中国ドラマにハマっていますが

鏢門は数話そこらで挫折した旨書きました。

中国での評価は凄い高いらしくて

中国ではどういうのが評価されるのか

観たかったんです。


基本、中国の萌どころは

『師弟』『義兄弟』『孝』『義』

ですね。うん萌。

特に『義兄弟』は本当に萌らしくて

三国志の超絶有名なアレに始まり

海上牧雲記でも出会ったとたん唐突に

「お前を俺の兄弟にしてやるよ」

というセリフが主人公格から飛び出して

最後らへんまで因縁として残ったり

如懿伝でも

「御姉様」といって慕われると

主人公如懿は必死に妹分を守ろうとし

お互いに深く愛し合っています。



話を戻します。

『鏢門』というのは清朝時代

商隊を護衛する仕事を担っていた

武道の一門たちのことで

主人公を軸として

厳しい一門の掟を支えに世を渡る

鏢師達の生きざまを描くドラマです。

土匪と呼ばれる強盗団が主なライバル。

この土匪、武道崩れがボスのことが多く

地元の鏢師とは元同門だったりして

なあなあな関係だったり。

清朝→国民党台頭→日本軍襲来

→共産党台頭といった

大きな時代の潮流で

鏢師達が置かれる厳しい状況の話。

あとは義兄弟の反目と許されぬ恋。

ね。面白そうでしょう。


ドラマ内容が悪いとか

ツマンナイとかじゃないんですよ。

合わなかったとしか言えない。

時代背景や生活や

鏢門の掟や生きざまが丁寧過ぎて

私にはゆっくりだった、というか、

ストーリー隆起に欠けたというか。

純粋に好みですね。

ワイルドスワン(本)みたいなの

期待していたんですけど

強いて言うなら

チャングムとかそういう系。

あと時代背景で仕方ないけど

あっという間に次の時代来てた。

主人公も脇役も皆美しく

五話以降飛び飛びで見て

ラストの二話も見ました。


でも、凄い『気づき』がありました。


最初五話かどこかで

主人公:安順が自分の地元で

どうやら仕事でヘマをしてしまい

集まった違う門弟?の鏢師たちに

叩頭三拝(土下座態勢で頭を土に着ける)

をやらされてしまい

面目や名誉を失う場面がありました。

鏢師達は武道の一員なので

礼儀正しいけどかなりブライド高い。

公衆の面前で大勢に土下座など

安順はえらい恥を掻かされたわけです。

流しててよそ見していたため(おい)

前後は覚えていませんが

でも

叩頭をしなければいけなかったのは

鏢門の掟の一つだったらしく。

安順は嫌だったし葛藤していたものの

結局、叩頭を始めたら

「穏やかな気持ち」

を得ました。

これは掟なのだ。

鏢師は掟に従い

掟がすべてなのだ。


そう考えて、心が凪いでいました。


それを観た瞬間。

私にも気づきが訪れました。

『すべての掟や規範は

本来、ネガやエゴを

手放すためにあるものなんだ』




今のスピは知りませんが

ドリーン氏からこっち

スピは

古臭い宗教的社会的規範からの自由

を標榜してきました。

確かに前時代的な宗教的規範

社会的規範は

人間の自然な感情や欲求を

抑圧してきましたね。

例えば、不倫に対して

過大な代償を払わせたり

全く問題のない同性愛を

精神病として刑罰まで与えました。

私自身も虐待サバイバーですので

宗教でも社会的にも嘯かれる

「どんな親でも親であるだけで感謝」

とか反吐が出そうでした。

そのせいでずっと

子どもが親に殺されてきたんじゃぼけ。


そのようなわけで

人間の欲求や感情の『解放』が

素晴らしいことを理解しています。



「掟あり」で生きる鏢師の価値観は

清朝時代のものであるので

当然ながら、時代遅れです。

ですが。

近代の宗教観や清朝や大正などと比べて

大幅に増した私たちの『自由度』…

大幅な幸せや平穏に直で繋がりました?

私は前時代的価値観を

称賛するつもりありません。

前時代は暗愚時代っすよ。


でも。


前時代に比べたら

大幅に増した自由の中の人生でも。

私達の日々には常に

理不尽や不条理や矛盾が存在し

それらに相対した時に湧いてくる

自分自身のネガ感情やエゴに

絡めとられそうになってませんかね?


ネット環境が整い、SNSなどで

上も下も見れるようになったことで

隣の芝生は青くないことが分かって

心収まるかと思いきや

不用意な時にネガ感情やエゴ感情が

湧いてきやすくなったりとか。


前時代では。

人々が抱えた理不尽さや不条理さは

過酷だったと思われます。

といっても人間の感情の営みは

そこまでの変化は

していないかも知れませんが。

そんな時。理不尽や不条理が起きて

己の心が闇に落ちそうになった時。


『それをしてはいけない。

何故なら、掟であるからだ』



とハッキリ決まっていたら

どうですか?


鏢門の主人公安順は正直

「何で叩頭なんてせにゃならんの」

と思っていました。

事実。理不尽な理由でした。

叩頭まではネガが沸いていました。

叩頭後も

「クソみたいなことをさせられた!」

と延々恨みに思っても

おかしくありませんでした。

ですが、安順は子どもの頃から

自らの一門の掟の場で育ち

鏢門の掟を得心していました。

『これは掟である』

その得心が、

面目や見栄にを気にするあまり

恨みに変わりそうだった執着から

安順自身を解放したのです。



これだよなー。と思いました。

宗教的・社会的に課せられたルール。

太古の高次元者たちは

「人の心が弱い」なんてことは

嫌と言うほど分かっていたはず。


しかも世界はまだ全然未熟で

理不尽も不条理もそこかしこにあって

人の心は憎しみと悲しみで

あっという間に覆われそうだった。


これは

憎しみを抱いてはいけない、

というわけではありません。

ただ、起こった出来事に対し

エゴやネガ感情が沸いて

その感情に必要以上に執着してしまい

自分の思考が妨げられて

自分が本来何をしたかったのかなど

自らの【道】から離れてしまう、

そのことを

『闇の中』

という表現にしています。


このネガ・エゴ感情は

憎しみなどに限りません。

恋愛への執着も入ります。

感情そのものへの固執と言った意味合い。


で。

闇の中に堕ちていきそうなときに

体を縛る命綱があったどうでしょう?


自分が行きたいと思っている【道】へ

引き戻してくれるものがあったら。

自らの【志】に

引き戻してくれるものがあったら。

安順にとってそれは『掟』でした。

ネガエゴに囚われて生きるのは

安順の望んだ生き方ではありません。

鏢門の掟であることを拠り所にして

安順は低次元感情を完全に昇華し

本来の自分自身に戻りました。



本来。

安順にとっての支えである【掟】

これと同じ効用をともめて

宗教的社会的規範は作られたんだな、

と思いました。


当然この規範は

自分を律するための拠り所として

使用されるべきものです。

『本来の自分に戻るための支え』…

簡単に三木大雲風に言うと

『嫌な目に遭っても、

己は嫌な人間にはならないように』


支えとして作られた規範です。


が、しかし。

残念なことに

人間の低次元の枠にはめられると

これら規範の意味は反転します。

心の支えとして作られたものが

『規範だけが最も重要なものであり、

人間は本来の自分でいるべきではない』


となって、どれくらい経つでしょうか。

これは誰それが「すり替えたからだ!」

というような陰謀論ではありません。

高次元の言葉は

低次元者の脳にかかると

何でか低次元化してしまうのです。




高次元者「性は貞正であるべきである」

低次元者「だよな!あーあいつ婚約者以外とヤッてやがる!石打―!」

高次元者「」



高次元者「性を謳歌しても何の問題もない」

低次元者「じゃあセクハラもOKだよね!謳歌ー!」

高次元者「」



高次元者(何を言っても変になっちゃう…><)



こんな感じで

高次元の言葉は

人の口を通るたび貶められてきました。

よって

宗教的規範も、社会的規範も

一門などの所属チームの中の掟も

次の世代から普通に低次元化しました。

もちろん、人によります。

こういった規範を

かつて提唱した太古の聖人が

望んだとおりの

『自分が自分の【道】から外れないため』

の拠り所として生きる方々もおられます。

それを極めて

エゴ・ネガ感情を手放していくことで

悟りを得た方も、います。


でも形骸化したまま

低次元者の暴力の自己正当化に

なり果てている場合も

普通にあります。


受け取る人間の次元に因って

意味が反転してきたものは

例えば キリスト教。

例えば、杉浦千畝氏です。

当時は軍国主義天皇教の故国は

ナチスと共闘しており

命のビザは国賊行為でした。

現在でも

皇軍万歳の歴史修正主義者にとったら

偉大な日本人には入らないのかな。

実際晩年、世界から称賛される傍ら

敗戦後なのに国賊と中傷されました。

彼はキリスト教徒です。

でも救ったのはほぼユダヤ人でです。

命のビザ発行の決心をするときに

「町のかどで、飢えて、息も絶えようとする幼な子の命のために、主にむかって両手をあげよ」[注釈 21]という旧約聖書の預言者エレミアの『哀歌』

が思い浮かんだ、と。

周囲の人間がくるっていた時代。

自らの【良心】を守り行動するための

聖句とする人間も存在した。

私はキリスト教嫌いですけど(おい)

キリストが体現した愛の形を

キリスト教への帰依として

自らの栄誉や保身よりも

今危機にある人への救済のための

【指標】とする方には敬意を抱きます。

人間は弱い。

何を選んだらいいか分からないとき

自分の中の【善性】に従うには

支えが必要なんです。


そして本来はそのための信仰で


規範や信仰を

自分に戻るための支えとする考え方では

神とはその人自身の善性そのものの意

となります。



でも宗教の聖句なども

低次元者の思考にかかってしまうと

同じ聖句が

魔女狩りの急先鋒になったり

ナチスがカトリック信仰してたり

虐殺や迫害の正当化にも使われます。

杉浦氏やコルベ神父と

彼らは同じ聖書を読んでるはずなのに

受け取る人間の次元によって

ここまで文言は反転する。



結局は『自由』という文言も

同じなんじゃないのか…。

腐りきった古い規範から飛び出して

大きく前進した『自由度』

一体いかほどに

我々を幸せにしてくれたでしょうか。


同性愛者の方とかは

本当に良かったですよね。

良い側面は当然あります。


でも、前時代的な価値観が終わって

規範の縛りが薄れても

人間が受ける理不尽が

なくなったわけではなく。

正す手段も大勢に解放されたけれど

その手段を選択するのも

やはり億劫で

仕方なく理不尽を飲み込んできた方

たくさんいらっしゃいますよね。

自由というものが

結局は、弱肉強食意識の正当化や

広告に踊らされ欲望が肥大化だけして

欲が叶わないことへの鬱憤が増し増し

理不尽や不条理や矛盾を生み出した。

理不尽を感じ易くなった思考は

封建的な過去への無批判な憧れに

変わったりします。


社会的規範や宗教への帰依が緩むと

人間はあっという間に

陰謀論やフェイクニュース

ビジネススピや新興宗教やテロ、

人種差別主義、セクロス、不倫…

などに没頭し始めます。

結局、人間性を奪ってきたような

宗教や社会的規範から自由になっても

その思考的自由を使えるだけの

善性や高次意識を持たない人々


自由になったらなったで

宗教より悪質に自分を縛る思想に

縋って同化してしまう、というオチ。


規範や掟といった

ネガ・エゴ感情の昇華手段を失った今。

ネガエゴ感情は心にくすぶったまま

責任転嫁的に

弱いものに向かったりもする。

だとすると

封建時代に

弱いものが叩かれていた時と

あんまり変わらない現象です。



「何でもオッケー♪」に変貌してから

『ただ自分が気に入らない奴に

レッテルを張って叩くのも自由♪』

がSNSで流行っています。

この鬱憤晴らしは

すんごい気持ちいいので(実体験)

いともたやすく

自分自身が歩みたい【道】から

横路に逸れてしまう原因になります。


楽しむのは仕方ないよね。

生きるために

飲み込む理不尽が多すぎるから。

だけど、楽しんだ後。

元の自分に戻れていますか?




私は気に食わない奴の

ネット炎上が大好きなタイプです。

(今ならMホトw不謹慎ですが

さん〇いち解散炎上も楽しく見ました。

ただし渡部とかの炎上は興味ない系)

「親に感謝すべき」等は当然のこと、

他に「幸せになりたいなら

憎む親に関わっていてはいけない」

というマトモな忠告にも

反吐が出る性格でしたので

超実体験です。

実体験なんですけど。

幸い私には、

絶対的に好きなものがありました。

創作と海外ドラマです。

唯一(唯二)、

鬱憤晴らしのネット炎上や

親への仕返しより高揚したもの。

この二つがない人生など

想像が付きません。

何物も絶対に適わない好きなものが

人生に無い方って、いるんですかね?

私は小学校高学年、中学生の頃には

この二つが何より好きでした。

そして、この二つが

闇に落ちて【道】を見失う寸前の私を

高次元の意味の宗教的規範のごとく

元の【道】に連れ戻してくれました。


そこまでそっちに時間使いたくないな

と思わせてくれたからです。


私が自分の【道】の守り手として

感謝するとしたらコレですね。

残念ながら(?)

私の好きなことは金になりませんでした。

それを恨んだこともあったけど

今となってはそれで良かったです。

業の深い私には唯一唯二の昇華手段なのに

それが欲望を掻き立てる金を産むものとして

世間の目にさらされ磨り減らされていたら…

私は本来の自分に戻るためのツテを失い、

幸せも道も見失ったと思う。

信仰を金に替えるようになったら、

その人は神の元から離れたってことを意味する。

海外ドラマを見て湧いてくるネガと

向き合うことでアセンションできましたが

この思考鍛錬も出来なかったかもしれず

結果的にアセンションも

出来なかったかもしれません。



昔は、人が熱狂できるもの(萌?)が

非常に少ない選択肢しか

ありませんでした。

ですので、

多分、昔の人は宗教とかに

熱狂していたんだと思うんですよね。


野蛮さが抑えられている今でさえ

萌CPの固定側が違うだけで

憎悪とか募らせたりするじゃん。。。

アイドルの熱愛に憎悪したりとか。。。


昔はこの熱狂が全部宗教に向いてたから

たかが解釈違いで、殺し合いに

発展したりしてたと思うんです。

人間の萌(信仰)エネルギーって

普通に凄いなーて

オタ界見てても思いますもん。

しかも、宗教等だと

一般大衆を味方につけられるから

自分の対象同一化による投影なのに

もっともらしいことさえ述べられれば

正当化して熱狂に身を任せられますし。

(つまり歯止めがない)



なので

昔の熱狂・信仰=今の萌、になっただけで

人間の感情エネルギーの強さは

平和的になっているものの

そこまで変わってないのかな~

と思ったりします。


なので、逆説的に(?)

私の永遠のハマりもの、

海外ドラマ&創作が

ある意味、己の神聖さに触れられるもの

【道】に戻してくれるもの

として機能しうるのもあるあるなのかも。


萌と信仰を一緒にしたら怒られるかもだけど

それだけ強い感情エネルギーでした。


昔はこれが宗教や規範だったのなら

確かに【道】として機能するな、と。




大切なものは

他人の手垢に触れさせないことも重要です。

これはスピでも同様で

スピを本当に大切に想う方は

世俗にまみれさせません。

葬式代や戒名代で爆儲けしてる僧侶が

悟りに近いと誰も思いませんよね…。

宗教団体が喜捨以外で金を集め出したら

信用できなさすぎでしょ。



メンタル強い方は

好きなものを世俗に晒して

金を大儲けしても、好きなものの聖性を

失わずに済むのかもしれませんが…

私はメンタル弱いので無理だったですね。

個人サイト公開で

(落選した小説を公開してた)

熱狂的なファンが超少数ついただけで

意識しちゃって()

書けなくなったくらいですから。

ファンからの信奉もキツかった。。。

よわ…。


熱狂というのがどういうものかは

個々の規模によりますけど

連載してたら毎回長文感想とか

出町とか褒め称えとか

お花とかプレゼントとかディナー奢りとか

私の小説の同人誌の装丁から何から

プロなのにデザインしてくれるとか

私に会うオフ会(五人程度)を

開いてくれたりとか

何でか私の原作を漫画化して

同人誌出版で売ってくれるとか

(※私は無料)その程度なんですけど…。


それで、違和感というか

当時もファンの催促で追い詰められ感が

あったものの何か舞い上がってしまって

小説家目指そうと思ったせいで

書けなくなった話は以下。

パラレル二次創作時代~過去の私と創作と言う浄化




今はほとんど誰にも見せずに

一人で書いています。

たまに知人の萌CPで書けたら

メールで送って喜んで貰うくらいです。

私は設定とキャラを教えてもらって

それらに萌えられれば

普通にどんな二次でも楽しく書けますv

原作読まないで書きますw

友人宛で公開しないんで許して下さい。

(あ、でもレ〇プ以外。レイ〇無理。

あとキャラがレイ〇とか虐待してたら

絶対好きにならないので書かないし

そのキャラの顔を見たくもない。

そいつ撲殺ENDとかなら書けます)


基本は一切誰にも見せません。

暗い。暗過ぎる!

でも、私の女性性が

すんごく喜んでいるのが分かるんです。

『自己顕示欲とか承認欲求とかエゴ

そういうものから解放されて

好きなことを独りで創る』


この行為にこんなに飢えていたのですね。


自己顕示欲等から解放されたのは

もちろんアセンションや悟りのお陰です。

つまりスピのお陰です。

あと守護天使。

私の創作は欲望からの派生でもあるので

実は

「アセンションなんぞしたら

一切書けなくてつまらん余生になるんじゃ…」

という不安があって迷っていましたが

守護天使が

『逆に書けるようになりますよ』

と言ったので進化変容を続けられました。

これがなかったら途中でやめてましたw


一般的なビジスピ?の目指すところからは

がっつり離れた感ありますけどね。

ビジスピの言ってることって

「好きなことを自然にやっていれば

お金も入ってくるんですよ~」

でしょ?(勝手なイメージ)

私は

好きなものを切り売りするどころか

逆に一切他者に開示しない方向へ

向かっていますのでね。。。


うん。でも私自身は大変満足しております。


posted by レンド at 00:00| Comment(4) | 海外ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月20日

春分の候と悟り~中国ドラマと痛みと罵倒と

近況です。皆さまお元気ですか?

私は本日

守護天使の波動転写を受けていますが

めっちゃくちゃ頭が痛いです。

イブ飲んでも効かないんですが。。。

さすがにブログ記事のストックがなくなり

書こうかな~と思ったとたん

痛みが和らぎました。おい。ざけんな。



つい先日。。

海上牧雲記が75話見終わりました。

大変良かったです。

『これ作ってる人、

絶対、高次元、カルマのことを

ハッキリ理解してるわ~』

というシーンやセリフの連続でした。

中国は算命学の生まれた地。

陰陽の土台もあるからか

かなり含蓄を感じました。

でもそんなこと分からなくても楽しめます。

(超重要)

寒江、笙、和葉。勿論好きですが

登場人物で嫌いな奴はいなかったな…。

月璃も徳も皇后も墨先生も好きです。

しかし…

まさかの!!!続編待ち!!!

75話あって続編もあるとか嘘でしょ…?

全然話が回収できてなかったけど

ファンタジーだから、最終話

全部メチャクチャになったところで

ドラゴンボールみたいのでも出現して

はい解決♪安直ラストを信じてたのに続編。

そりゃそうか…。でも次は…待てないよ…。

悲しみしかないです。



年始は

家系カルマの解消にいそしんでいました。

実家に泊まりに行ったら急に体調崩して

自転車で30分の距離が

帰れなくなったんですよ。。。

仕方なく腰を据えて長居して

下の兄弟とホラー映画や怪談、心霊を

見まくっていたのですが

楽しかったです。

何でやねん、て感じですが

思った以上に楽しく快適に過ごせて

自分の成長進化変容を肌身で感じました。

あと親が

思いのほか、ヒト科に近づいていて驚き。



あと先月今月は…

尻側に帯状疱疹?が出て地獄を味わいました。

確定申告と重なって嫌で嫌で死ぬかと思った。

うっかりしてて忘れてた…

FXの儲けってFX会社が届けてるから

誤魔化せないんね…お水と違って…。

まさかのロキソ一日三回一週間。

手術後二週間目の状態ですよコレ。

有り得ないから。

疱疹の痛みが今までとは段違いです。

え?

もう既に自由意思手放したのに

何でこんな目に遭うの???


激怒して、三年ぶりくらいに

守護天使相手に大・罵倒しました。

人間とは肉体の激しい痛みには

大変弱いものでございます。

守護天使は

「病院には行かないで下さい。

一週間後の〇日に痛みは消えます」


と言っていたんですが

〇日前日でも激しい痛みが全然あって

『とうとう天使どもと決別する時が来たな』

と本気で考えていた所。

〇日の零時を過ぎた午前一時くらいに

痛んでいた皮膚箇所から急に血膿が出て

拭いたらその瞬間に

痛みは100/5くらいになりました。

怖いんですけど。

これは一体…。

………。

これ疱疹やなかったん?


肉体カルマの解消だそうです。


肉体カルマって解消しすぎたら

肉体から離れるやつです。


何かもう…何が何だか…。

天使へマジ切れ(罵倒)したあと

寝て起きたら普通に悟り(答え?)を得て

怒りは魔法のように消えていたのですが

答えの定着が自然過ぎたため


「あれ?昨日何で怒ってたんだっけ?

このこと昨日は知らなかった、よね?

だから私は死ぬほど

『何でこんな目に遭わせるんじゃボケカス!』

って激怒したはず…。

理由を知ってても怒ったんだっけ?」


などと軽くパニりました。

私が本気で怒ったから

天使慌てて答えを与えたんですかね。


私は言ったことが当たらないような

目に見えない存在なんか信じません。

言うは易し。結果が全てです。

いや、言うことが信用できなかったら

目に見える存在でも信じませんね…。

目に見えようと見えなかろうと同じです。


とりあえず天使と今も仲良しですw



思っていたより

地上の苦しみとは縁が切れません。

(嘘です。段違いにラクになっています。

ただ、苦しみが普段ほぼなくなったため

いったん出ると大きく感じる)


アセンションはライトボディ7

自我の手放しはライトボディ9です。

https://www.inner-wish.com/自己変容の道2/ライトボディレベル/

悟りはその上。


アセンションした後も

思っていたより

ネガティブ感情は残るし出てきていて

解消はし続けることが必要でしたし

(ただし立ち直りは格段に速くなった)

自我を手放した後は

ネガは天使や神にお任せが許されましたが

今度は別の使命がやってきて面倒でしたし

ネガが全部消えたりもしませんでした。

地球上に酷いことが多すぎる

というのもありますが。


その上

悟り後も心身の不調はある、というね。


こんなに不調やネガと縁が切れないなら

悟る修養なんてしない方が良くて

悟らない方が、良かったかというと

答えは絶対的完全なNOです。


『悟り』がどういう状態か

至ってみないと分からないと思いますが

一番は…色々ありすぎて…

「宇宙の叡智から情報を得られる」

「常に平穏で在れる」

「完全に肉体意識から解放される」

とかもですが

ネガの割合が非常に少なくなり

常時、幸せな気分になれるところが

一番かな…?

うーーーーーーーーーーん

甲乙つけがたい。

『至幸感』を自分の意思で

出したり引っ込めたり

出来るようになるのもいいです。

多分、ほとんどの方は

『何かラッキーなことが起きた』

『褒められた』

『美味しいものを食べた』

『描きたいものを完成させた』

『好きな映画を見た』といった

行動や出来事が必要かと思いますが

(昔の私はそうでした)

至福に至るために

そういうのが一切必要なくなりました。



これね。

この状態、実は海上牧雲記ラスト付近で

敵役が怒っていたんですよ。


「人間がそんな状態になることを許したら

この世界が発展しなくなるだろうが!

善意に何の意味がある!?

不安があるからこそ人間は進化するのだ!

安寧より混乱こそが人間を成長させる!」


(意訳)って言って

戦乱というか悪魔を起こそうとしてた。


原語が中国語なので

和訳で意味が通らないことがあるけど

このドラマでは

善意=人を傷つけないでいられる心の平穏

というような意味で使っていました。

ここでの善とは、外因に影響されず

心の平穏を保っていること、のようです。

中庸かな?深いですね。




私は悟っていますので

この敵のセリフ

真理突いてるなぁ、と思いました。


人間の歴史そのままだなって。

医療技術も最先端技術も

全部、はじめ戦争兵器として開発され

人間の科学技術は戦争こそが

発展させてきたのが現実ですから。


世界はまだこういった形での発展に

しがみついていますね。


海上牧雲記は

戦国時代異種族ファンタジーなのに

現代でもそんなに変わっていない、とは。

世界はなかなか遅れてると思うと同時に

人間の営みはそんなに変容しないのかもな、

と思いました。



悟ったとの感性は、記事に書いても

余り他人様の役に立たない気がします。

悟った後の人同士なら

「あるある~!」

と盛り上がれるでしょうけれども

アセンション前に書き漏らしたことを

書いていった方が絶対役に立つ。

気が向いたら

メモを見返して書いていきたいです(希望)

posted by レンド at 13:48| Comment(0) | 悟り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする